ウィスキーとハリスツイード


 

ツイードとウィスキーといえば、スコットランドを抜きには語れない。
双方共にスコットランドの伝統と文化を象徴している。


 

ツイードは羊毛から織られる毛織物の総称で古くからヨーロッパの各地で織られてきた伝統がある。
その語源は定かではないが、イングランドとスコットランド国境に位置する
スコティッシュボーダー地方のツイード川流域で織られた綾織(ツイルTwill)が
ロンドンで販売された際、その商人がツイード(Tweed)と誤表記したことから
ツイードと呼ばれるようになったという説が有力だ。
このツイード川流域に織物の取材で行ったことがある。
この地域は12世紀より修道院で始まった織物が主要産業となり、
現在もスコットランド最大手のミルがいくつか存在している。
文豪ウォルター・スコットが愛したスコッツ・ビューと呼ばれる山の上から、
遥かにツイード川を俯瞰して撮影を行った。
着いた時には霧雨で撮影ができず、困ったなと思っていたら、30分ほど後に雨は上がり、
天から光が射すように太陽がゆっくりと顔を覗かせた。
霧が晴れてみると、眼前にはなだらかな丘陸地帯が広がり、羊の群れが草を食んでいる。
その時、私はスコットランドの原風景とも言える世界にいた。

 
その時に思ったのだ。

 
ツイードの美しさというのは一種原始的な美しさで、そこに人々の絶え間ない工夫や
日々の生活を慈しむ気持ちを見る気がする。

今の都市事情ではあれほどの屈強で無骨なファブリックを本当に必要とするだろうか。
それでも、特にハリスツイードが今でも人々を魅了するのは、
ハリスツイードという名前の中によって心の中に喚起される独特のストーリーがあるからだろう。

 
ハリスツイードの取材に行った時は、東京、ロンドン、グラスゴーを
経由して2日がかりでハリス島とルイス島にある町ストーノウェイに行った。

私の場合は圧倒的に海外取材、それも特集が多いため、
その取材テーマに合わせてフォトグラファーを選び、時にはエディターも同行して取材を進める。
東京からその場所にたどり着くために、何日もかけて旅する。
その場所がどんな気候で、人々がどんな風に暮らし、日々何を思っているのか、
彼らの手からその製品がどのように作られているのか、
それを知るためにはその場所に行く必要がある。
何日もかけて旅行し、また日本に帰ってきて、籠って書く。
生産効率がこれほど悪い仕事も珍しいが、この仕事が好きなのだから仕方がない。


ところで、ハリスツイードを世界でも特別な存在としているのはあの有名なトレードマークに加え、
国会法でその製造方法が定義されている唯一のファブリックということだろう。
今では希少品となったが、ヴィンテージのシングル幅のハリスツイードに顕著だった
ケンプ(死毛)は島の羊の原産種ブラックフェイスによく見られたものだ。
かつてカーペットやマットレスの原料だった剛毛のブラックフェイスは使われなくなり、
今はチェヴィオ種が主流となった。
織機もシングル幅のハッタースレイからダブル幅のボナス・グリフィスになり、
弾力のあるチェヴィオ種を用いたダブル幅のハリスツイードは幾分柔らかく、軽くなった。
実はハリスツイードも進化しているのである。

 
スコットランドではウィスキーの蒸留所の取材にも行った。
三度蒸留を行うオーシャントッヘンといった珍しい蒸留所も訪れたが、
やはり強く印象に残っているのはアイラ島だ。
ツイードもウィスキーも結局はヘブリディーズ諸島のものに行き着くというのは面白い。
それだけその土地の風土を色濃く反映しているからだろうか。




ウィスキーをいっぱい飲る仕草をして笑っていた。
いつか機会があれば、行ってみたい場所のひとつだ。
ハンツマンに行った時、今はリチャード・アンダーソンにいる
セールスのピーター・スミスはまだハンツマンにいて、
アイラ島にツイードの注文に行くのが楽しみなんだと、
アイラ島にもツイードのミルがある。
サヴィル・ロウの老舗ハンツマンのオリジナルツイードは伝統的にそこで作られていると聞いた。


部屋の中には鼻の奥で燻るピートの香りが立ち込める。
こうした気候では地厚のツイードとスモーキーなウィスキーの温もりが
生きていくために必要とされたに違いない。
あのどうにもやりきれないスコットランドの底冷えのする寒さ、
曇天の空と薄暗い日々の中でピートを暖炉にくべる。


琥珀色のそのモルトはヨード臭が勝ち過ぎることなく、スモーキーさの中にも厚みと温かみがあり、
なるほど島の屈強な男のイメージと重なる。
一説ではラガヴーリンという噂もあるが、比べてみると、
英国王室ご用達を持つラフロイグのようなソリッドな味わいの洗練はそこにはない。
ゲール語で「島の男」を意味する名のそのボトルは蒸留所名を明かしていない。
ボウモアにある島のリカーショップで「イーラッハ(ILEACH)」という名のシングルモルトを買った。
日本では手に入らない地場のモルトを買いたかったのだ。


同じモルトスターから供給されていたとしてもアードベッグとラガヴーリン、
カリラは驚くほど異なる味わいを持っているのがその証拠だ。
それぞれ強烈な個性を生んでいる。
アイラ島には8つの蒸留所があり、味わいはもちろん大きく異なる。
ツイードがその自然の色合いを取り込んでオリジナリティを生み出したことと同様に、
ウィスキーも土壌のピートと、蒸留所によって異なる独自の製法が


風土と人の叡智が作り上げた傑作は時を経ても色褪せることがない。
それが今でもツイードとウィスキーに私たちが心惹かれる理由なのだろう。


 

 


 長谷川喜美(はせがわよしみ)

ジャーナリスト。
イギリス、イタリアを中心にヨーロッパの魅力を文化の視点から紹介。
クラフツマンシップやメンズスタイルに関する記事を中心とする雑誌媒体
『メンズプレシャス』『Men’s Ex』『The Rake Japan』等に執筆している。
近著に『サルトリア・イタリアーナ』『サヴィル・ロウ』等。
インスタグラムアカウント:yshasegawa



 


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