COLUMN 『服の向こう側』 vol.30 / cotton raglan sleeve coat
「スプリングコートは着る期間が短い」
このフレーズをよく耳にするが本当だろうか?
『スプリングコート』というこの呼称によって誤解が生じているように思うのは私だけではないはずだ。
真冬用のウールコートの出番は概ね12月中旬〜下旬から始まり2月下旬までである。二か月と少しだ。
その一方で、コットン素材のコートは
10月後半〜12月中旬、そして3月上旬〜4月中旬位だろうか。
トータルの着用期間は、年間にして三か月以上だ。
実際に着る期間はコットンの薄手のコートの方が長いのである。
しかも、春先+秋口〜冬、、、といった感じでシーズンを跨いで着用するので活躍する機会も多い。
実は、コットンコートこそ長く着用できる良い物が必要なのではないだろうか。
オンオフ兼用で使いやすいラグランスリーブ型のコートは、
スーツスタイルに合わせるだけでなく「洗いざらしのシャツ+チノパン+スニーカー」といったスタイルにも相性が良い。
コットンコートをラフなスタイルに合わせるのも今の気分である。
さて、そんな使い勝手の良いコットンコートの中でも少し趣向の違った2着を仕込んでみた。
CASHCO(カシコ)と呼ばれるカシミア混のコットンを使っている。触ったタッチが抜群に良い。
少しだけ微起毛したような表面感もラグジュアリーな雰囲気だ。
年二回ミラノで開催される生地展示会でこの生地を選んだときに営業担当者から笑いながら言われた。
『こんな高いコットンを喜んで使うのは、日本ではあなたの会社くらいですよ。』
『確かに高い。似たようなコットン素材も沢山あるけど、どこか違う。どう違うんだろうか?』
『いやぁ、言葉で説明し難いですね。コットンにしては高過ぎてあんまり売れないんですが、、、
好きな人は、この独特のタッチが好きですねぇ。』
『良いものは高いという事でしょうか?
「万人受けはしないが、服好きにこそ響く素材」ってウチと相性良いんです。』
そう言ってその場での打合せを終えた。
日本に帰ってからも暫くこの生地の事が頭から離れなかった。
同じシリーズのカシミア混のコットン生地でスーツを作ったことは何度かあったが、コートにしたことは無い。
ここ数年、薄手のコートと言えば、コットン素材のコートよりもポリエステルやナイロンなどの合繊素材のコートが主流であった。
しかし、そういった合繊素材のアウターは多く出廻っていたし、何より新しい提案をしたかった。
それと、天然素材ならではの素材感に今一度フォーカスを当てたかったので敢えてこの素材を使うことにした。
この素材の特徴としては、やはりカシミア混コットンならではの風合いが挙げられる。
しかし、「カシミア混のコットン素材」自体は、実はそんなに珍しくはないのだ。
幾つかの生地メーカーでやっているのを何度か見たことがある。しかし、このCASHCOとは全く違った風合いなのだ。
着用して肌に触れたときに感じる高揚感は、CASHCOならではのものだと思う。
ピーチスキン(桃の肌)より更に繊細な微起毛は、しっとりとしていながら柔らかな手触りでつい何度も触りたくなる。
ラグジュアリーなコットンコートを探しているのであれば、まず間違いのないコートである。
先程のベージュコートがラグジュアリーさを追求したコートに対し、こちらは『質実剛健』を追求した漢のコートである。
実は、英国のトレンチコート等で有名な某社に生地を供給していたある生地メーカーのものを使っている。
以前は、この生地メーカーの生産キャパを先程の会社を含めた数社でほぼ使いきっていたので、
他社は扱うことが出来なかった生地である。
数年前に縁があってこの生地メーカーの社長に会う機会があって以来少しずつ使わせてもらっている。
「人と人の繋がりや縁」というものはとても大事だと最近改めて思う。
折角の機会なので生地について色々と教えてもらったが、これまでの生地屋で聞く話とは全く違っていてとても驚いた。
『コットンのギャバジンだけを何十年も作り続けている。
ここまで超高密度に織り上げるのは非常に困難で、時には織機が潰れてしまうこともある。
糸の選定も大事だ。
この織物に最適な糸を吟味して使う。
何年もやってきて、失敗を繰り返したんだ。ただ細い原料だから良いという訳でもない。
油分やワタの状態など様々な要素がある。』
コットン専業の生地屋は多いが、ほぼギャバジンだけを作り続けているのは非常に稀だ。
コットンもセールストークにしやすいブランドコットン
(シーアイランドコットンやスーピマコットンなど)を使っているのか?
と聞いても答えてくれない。
何度か聞いてみても、
『この織物に最適なコットンを吟味して…、吟味して使う。』
という返事だった。
『織機が壊れるほど高密度に織り上げるので、他社はやらないし出来ない。
世界中全ての生地屋を廻ったことはないから分からないが、このクオリティのギャバジンを作れるのはあまりいないと思う。』
ゆっくりと落ち着いた表情で話す。
雄弁に語る言葉より、たどたどしくても職人が言葉を選びながら話す言葉に心震えるときがある。
その言葉には、これまで長年作り続けてきた自信と誇りを感じた。
こういった細番手のギャバジン素材は後染めのものも案外多い。
白い生地で織りあげておいて、好きな色に後から染めるのだ。
短サイクルで生地が出来上がるので使い勝手が良い反面、風合いや表情はやはり先染め(糸の段階で染めて織り上げる)の方が良い。
※全ての生地に於いて「先染め>後染め」という訳ではないので悪しからず。
ネイビーでもタテ糸とヨコ糸のネイビーが全く同じ色ではなく微妙に違う糸を使っている。
これによって絶妙に深みのあるネイビーになる。光が当たったときの表情も秀逸だ。
From RING JACKET creative div. manager Okuno
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